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京都地方裁判所 昭和53年(ワ)37号 判決 1979年4月10日

原告 筧文生

原告 筧久美子

右両名訴訟代理人弁護士 川中宏

被告 財団法人京都キリスト教青年会

右代表者理事 湯浅八郎

右訴訟代理人弁護士 熊谷康次郎

同 森川清一

同 梅谷享

被告 京都市

右代表者市長 船橋求己

右訴訟代理人弁護士 納富義光

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告ら

求める裁判

1  被告らは各自原告文生に対し五三六万四、八一八円およびうち四八六万四、八一八円に対する本訴状送達の日の翌日以降、原告久美子に対し四八二万八、六一八円およびうち四三二万八、六一八円に対する本訴状送達の日の翌日以降いずれも支払いずみまで年五分の割合による各金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

請求原因

一  事故の発生

(1)  訴外亡筧申志(死亡当時中学一年生)は、昭和五二年七月三日、被告財団法人京都キリスト教青年会(以下、これを被告青年会と称する)が企画実施した雲ヶ畑―持越峠方面への野外サイクリングに参加した。

(2)  当日の参加者は、被告青年会のリーダー二名と中学生のみ一〇人のグループであったが、右サイクリング・グループが午前一〇時五分頃、府道京都―京北線を南から北へ走って、京都市北区雲ヶ畑中津川町一番地先、砂ヶ瀬バス停西約一キロメートルの路上にさしかかった際、訴外中島一運転の京都バスが反対方向から走ってきて離合することになった。

そのとき、先頭より五番目を走っていた亡申志は右京都バスとの接触を避けようとして、道路左側にあった水たまり(深さ〇・一米、長さ約二・七米、最大幅〇・八米の楕円形、そのなかに深さ〇・一米、長さ〇・八米、幅〇・三米、アスファルト舗装部分を欠損させた穴ぼこ)の中に自車を突込ませてバランスを失なってよろめき、結局京都バスと接触して転倒し、バスの後輪に腰部付近を轢かれた。

(3)  申志は、救急車で小柳病院へ搬送され、同病院で治療をうけたが、同日午後零時三五分頃、骨盤骨折で死亡した。

二  被告らの責任

(一)  被告京都市の責任

(1) 本件府道の管理者は被告京都市である(道路法一七条一項)。

(2) 本件事故現場の道路に、右水たまりと穴ぼこがなければ、亡申志の自転車はバランスを失なうこともなく、京都バスとすれちがうことができ、本件事故が発生しなかったことは明白である。

(3) 本件府道の幅員は、わずか四・二メートルであるが、ここを京都バス株式会社の大型バスをはじめ、各種車輛が頻繁に通行し、またサイクリングやハイキングコースとしてもよく利用される道路である。そこに右水たまりと穴ぼこが放置されたままになっていたのであるから、本件府道は、道路が本来有すべき安全性を欠如せしめていたことは明白である。

ちなみに言えば、被告京都市は、本件事故発生の翌日には、本件穴ぼこ(水たまり)をアスファルトで埋め補修している。事故翌日にいともたやすくできたことが事故前にできなかった筈はなく、それがなされていれば、本件事故が発生することはなかったのである。

(4) よって、被告京都市に、本件府道の管理の瑕疵があったことは明白であり、被告京都市は、国家賠償法二条により後記損害について賠償すべき責任がある。

(二)  被告青年会の責任

(1) 被告青年会は、本件野外サイクリングを無料奉仕で行なっているものでなく、有料で会員を募集し、被告青年会の事業活動の一環として行なっているものである。

野外サイクリングの実際の引率指導は、被告青年会が採用し養成した、リーダーとよばれる指導員たちに行なわせている。本件サイクリング・グループのリーダーは、訴外綾部任と同中平信康であって、訴外綾部が先導、同中平が最後尾をうけもっていた。

(2) 本件サイクリング・グループが、本件事故現場付近の道路にさしかかった際、最先頭を走っていた訴外綾部は、前方より京都バスが走ってくるのをみとめ、かつ、それと同時に道路前方左側に右水たまりがあることを認識していた。

水たまりの左側は、ガードレールが敷設されていたが、夏草が生い繁って道路まではみ出しており、そこは走行できる状況になかった。訴外綾部もまたそのような判断から、水たまりを避けてその右側つまり道路中央寄りを走行して、後続してくる少年たちに手本を示し、少年たちはそれにならって次々に同様の走り方をした。

亡申志が、ちょうど本件水たまり付近を前同様の走り方で走行しようとする時に、折悪く右バスもまたその水たまり付近にさしかかっていたために、亡申志は前述のように、バスとの接触を避けるべく自車を左側に寄せようとして水たまりの中に自車を突込ませてバランスを失い、結局、バスと接触して転倒してしまったものである。

(3) サイクリングの少年たちは、綾部に先導され、五~六メートル間隔で縦一列に並んで走ってくるわけであるが、本件事故現場付近の状況は、前述のように、わずか四メートルそこそこの幅員しかないところに、幅〇・七メートルの水たまりがあって、その右側つまり道路中央寄りを走行しなければならない状況であった。

そこに、前方より大型バスが対向してきたのである。その状況下で、したがって、そのままで進めば、少年たちの誰かは水たまりのところで、対向してくる大型バスと離合することになることは必定であった。

したがって、先導の綾部リーダーとすれば、本件事故のような不測の事態の発生を予知し、これを確実に防止するために、後続してくる少年たちに停止を命ずるべきであったのである。

野外サイクリングで最も重視されなければならないのは安全であるし、従ってリーダーに対して最も強く要請されるのはこの安全についての十分な注意と的確な対応である。

しかるに、綾部は、「前にバス」と発声し、手をあげてバスを停止させようとしただけで、右のような野外サイクリングのリーダーとして当然に要求される注意と措置を怠り、漫然少年たちを走行させたまま、大型バスと離合させたために、本件事故を発生せしめたものである。

(4) 被告青年会は、右綾部を自己の事業のために使用するものであるから、民法七一五条により後記損害について賠償すべき責任がある。

三  損害の発生

(一)  逸失利益

(1) 亡申志は健康な一二才の男子であったから、本件事故に遭遇しなければ少なくとも一八才から六七才まで元気に働くことができた筈である。

(2) 昭和五一年の男子労働者の平均収入金額は、毎月一五七、七一〇円の給与額と年五九六、八二〇円の賞与額との合計額二、四八九、三四〇円である(昭和五〇年の賃金センサスの統計に五%加算した金額)。

(3) 生活費割合として右金額の二分の一を控除する。また中間利息控除については、ライプニッツ方式によるので、その係数は一三・五五八である。

(4) なお一八才に達するまで六年間の養育費として一ヶ月二万円宛をライプニッツ方式で控除する。

(5) そうすると、亡申志の逸失利益は、左記計算式のとおり金一五、六五七、二三五円である。

2,489,340円×(1-0.5)×13.558=16,875,235円

20,000×12×5.075=1,218,000円

16,875,235円-1,218,000円=15,657,235円

(二) 相続

原告両名は亡申志の父母であるから、右逸失利益についての請求権を各二分の一すなわち七、八二八、六一八円宛相続した。

(三) 葬祭費用

原告文生は長男申志の葬儀を営み、その費用として五三六、二〇〇円の出捐をなしたので、同額の損害を蒙った。

(四) 慰藉料

亡申志は、その将来に数多くの期待を抱かせる健康にして聡明な少年であった。無限の可能性をひめたその生命が、わずか一二才で奪われるとはあまりにもいたましく、原告両名にとっては無念きわまりない思いである。

一方、被告青年会は、申志死亡ののち、何くれとなく世話をやいてくれ一定の誠意を示してくれたが、責任問題になると自己の責任を回避するために、「事故があっても責任を負わないというのが青少年活動の慣習だ」とか、あるいは「こうした事故の責任を追求されては青少年活動はやっていけなくなる」とか「責任を追求されるのであればサイクリング活動はやめようと思う」とか、およそ、「キリスト教精神に基づいて」いるとは思われない開き直りの発言をした。青少年活動に長い歴史と実績のある被告青年会であるがゆえに、親は安心して子供を預けているのに、事故があってもはじめから責任をもつつもりはないというような発言をなされたのではけっしてこれを黙過することはできないのである。

被告京都市は誰ひとりとして焼香にさえ来ない。

このようなわけで、原告両名の蒙った精神的苦痛は文字どおり筆舌に尽しがたく、これを慰藉するには、各原告につき四〇〇万円を下ることはありえない。

(五) 損益相殺

本件事故につき、京都バスの強制保険から一、五〇〇万円、被告青年会において加入していた保険から五〇万円を各受領したので、これを各原告の右損害額から控除する。

(六) 弁護士費用

原告両名は、本件訴訟を提起するにあたり、原告訴訟代理人に訴訟委任をし、京都弁護士会報酬規程の範囲内で着手金として各原告が二五万円ずつすでに支払い、謝金として第一審判決言渡の翌日に各原告が五〇万円ずつ支払う旨を約したので、それぞれ同額の損害を蒙った。

四 結論

よって、被告らに対し原告文生は五三六万四、八一八円およびうち四八六万四、八一八円に対する本訴状送達の日の翌日以降、原告久美子は四八二万八、六一八円およびうち四三二万八、六一八円に対する前同日以降いずれも支払いずみまで民事法定利率たる年五分の割合による遅延損害金の支払いを各求める。

被告京都市の主張に対する答弁

一 主張一の事実を争う。本件穴ぼこはその縁の摩耗状態からみて相当古いくぼみとみられ、相当期間放置してあったものである。かりに、近接した強雨によってくぼみができたものとしても、京都市はパトロールをすべき義務があり、穴ぼこを発見し、修理することは不可能ではない。したがって、被告京都市が責任を免れるものではない。

二 主張二については、被告青年会の主張三に対する答弁と同じである。

被告青年会の主張に対する答弁

一 主張一について

本件は、綾部リーダーが穴ぼこを発見できなかったことを理由として過失があるものと主張しているのではない。綾部自身は危険であると判断して水たまりをさけて走行しているのである。原告はサイクリングを停止させなかった点に過失があると主張しているのである。

二 主張二の事実は争う。被告主張の「自転車の安全指導」にも、幅一米の間隔を走行しなければならないとしているにすぎず、現実に、本件被害者である亡申志がこれをできるかは、別問題である。綾部が片側四五糎の間隔で走行できると判断して停止を命じなかったとしたら、それ自体同人の過失をうらづけるものである。

三 主張三の事実は争う。亡申志に、危険であったから、停車すべきであったと要求できるくらいなら、むしろ、リーダーの綾部が一層の正当性と確信をもって停止を指示すべきであったものである。

被告ら

求める裁判

主文同旨

答弁

京都市

一 請求原因一の事実は認める。ただし、水たまりは、幅約〇・三米、長さ約〇・八米、一部の深さが約〇・一米である。

二 請求原因二(一)(1)の事実は認める。

同(2)につき、右水たまりがあったことは認める。

同(3)のうち、本件事故発生の翌日に穴ぼこを補修したことは認める。本件府道の幅員は広い部分で五米、狭い部分で三・八米であり、本件事故発生場所は三・八米である。

同(4)の事実は否認する。

三 請求原因三(一)の事実のうち、亡申志が一二才の男子であったことは認めるが、その余の事実は争う。

同二のうち、原告らがその主張のような割合をもって亡申志を相続したことは認める。

同(三)のうち、原告文生が亡申志の葬儀を営んだことは認めるが、その余の事実は不知。

同(四)の事実は争う。

同(五)の事実は認める。

同(六)のうち、原告らが原告ら訴訟代理人に本件訴訟を委任したことは認めるが、その余の事実は不知。

被告青年会

一 請求原因一の事実は認める。ただし、水たまりは、幅約〇・四米、長さ約〇・七米、深さ約〇・一米である。

二 請求原因二(二)(1)の事実は認める。

同(2)のうち、本件サイクリンググループが現場付近の道路にさしかかった際、最先頭を走っていた訴外綾部は、前方より京都バスが走ってくるのをみとめ、かつ、それと同時に道路前方左側に右水たまりがあることを認識していたことは認めるが、その余の事実は争う。

同(3)(4)の事実を否認する。

三 請求原因三の(一)の事実は争う。

同(二)のうち、原告らがその主張のような割合をもって亡申志を相続したことは認めるが、その余の事実は争う。

同(三)のうち、原告文生が亡申志の葬儀を営んだことは認めるが、その余の事実は不知。

同(四)の事実は否認する。

同(五)の事実は認める。

同(六)のうち、原告らが原告ら訴訟代理人に本件訴訟委任をしたことは認めるが、その余の事実は不知。

主張

京都市

一 被告京都市は、京都市道路パトロール要領に従い、建設局土木事務所員をして、本件道路を一週間一回パトロールさせて道路状況を監理させている。昭和五二年七月一日午後には、北部土木事務所員が京都京北線道路のパトロールを実施したけれども、事故現場の舗装部分の欠損を発見できなかった。それは、欠損部分が簡易舗装と未舗装の路肩部分にまたがり、雨のため山から自然流出した土砂におおわれていたためである。

ところが、パトロール実施後の午後六時三〇分から七時にかけて同地方に一二・五ミリ米の降雨があり、路面流水のため土砂が流れ去り、八〇糎から三〇糎のアスファルト舗装の欠損部分が露出したもので、未舗装部分の一部に、深さ約〇・一米の穴ぼこができたのである。

京都市北部土木事務所は、広い北部山間区域が所管区域となっており、その道路の大部分が簡易舗装であるので、欠損部分をおおっていた土砂をあらかじめ排除しておくことは不可能であり、また、強雨後、ただちに修復することも困難である。

二 かりに、被告京都市に道路管理の瑕疵に対する責任があるとしても、亡申志にも本件事故発生につき重大な過失があるので、損害額の算定にあたって、右過失を考慮されるべきである。その理由は、被告青年会の主張三と同じである。

被告青年会

一 被告青年会のリーダーは道路の瑕疵に気づかなかったが、これを予想することは不可能な状況にあった。すなわち、本件現場付近の道路は相当広範囲にわたり、山側から谷側にかけて流水におおわれていたので、自動車もしくは自転車で進行してきた場合、通常の注意義務をつくしても、その水面の下に深さ約〇・一米の穴ぼこが存在することに気づいたり、これを予想することは不可能であったものである。

したがって、被告青年会のサイクリングリーダー綾部が本件現場にかくれた瑕疵の存在することに全く気づかなかったことをもって、同人に過失があるものとすることは不当であり、道路上の瑕疵に気づいていない以上、これから生ずる危険を察知し、危険回避のため適切な措置をとるべき注意義務を生ずる筈がない。

二 かりに、右綾部が本件道路上の穴ぼこを察知していたか、容易に察知し得る状況にあったとしても、本件道路は通行可能な状態であるから、ただちに、後続自転車に対して走行の停止を指示すべき注意義務は発生しない。すなわち、穴ぼこの北端と京都バスの右側面との距離は、〇・八米で、亡申志の自転車の幅は〇・四六米であるから、自転車が通行するのに何らの支障もないのである。日本サイクリング協会発行の「自転車の安全指導」にも、幅一米のコース(自転車の中心から片側五〇糎)を真直ぐ走れるように指導すべきであるとされており、亡申志は昭和五〇年一二月に被告青年会のサイクリングクラブに加入し、本件事故までに二〇回、全走行四八三粁におよぶサイクリングを経験していたから、右指導には習熟していたものと推測されるところである。

三 かりに、被告青年会に過失があったものとしても、亡申志にも重大な過失があったことは明白である。すなわち、亡申志は、以上のようなサイクリングの経験を有し、通常の中学生よりもすぐれた技能を習得していたのであるから、自らの判断によりくぼみに入りバランスを失うことのないように停止してバスを通過させたり、自転車を降りて押して歩くなり、バスに対して停止してもらう指示をするなど危険回避のため安全な措置がとれたはずであるのに、これを怠り漫然と京都バスの右側とくぼみの間を通過しようとしたものである。したがって、被告青年会に対する損害の算定につき、亡申志の右過失を勘案されるべきである。

理由

被告京都市に対する請求

一  原告主張の請求原因一のうち、水たまりおよび穴ぼこの大きさを除いて、その余の事実、被告京都市が本件府道の管理者であること、被告京都市が本件事故発生の翌日に穴ぼこを修補したことは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、

1  本件現場は、京都市内の繁華街である四条河原町から直線で約一三粁の地点の山間部にあり、車輛の交通量も少く、人家もなく、本件道路の北側は山、南側は中川津となっており、川側にはガードレールが設置されている。

2  本件道路は京都市北部土木事務所が管理し、同事務所に道路管理委員が一名配置され、本件現場を含む山間部を一週間に一度金曜日に自動車で道路パトロールを実施している。そして、パトロールにあたっては、工事用の小道具を車に積載しているので、小陥没は修理ができる態勢をとっている。七月一日午後三時ころ、道路管理員は本件道路のパトロールを実施したけれども、通常、本件道路付近ではガードレールとアスファルト部分にかけて砂および木の葉などが堆積している状態であるので、これにかくれ、とくに、本件の穴ぼこおよびその他の異常を見出さなかった。同日午後六時三〇分から七時にかけて本件道路を含む地域に夕立があった。

3  本件道路は、事故現場で四・二米ないし四・三米の幅員を有し、その附近はいわゆるアスファルト簡易舗装で、道路の両端は簡易舗装されていないため土の部分が残っている。そして、道路の南側、すなわち、ガードレールから三〇糎余は雑草が生え、さらに、五〇糎幅は非舗装土の部分となっている。事故当時も山側から流出した水によって路面は湿潤し、穴ぼこは長さ〇・八米、幅〇・三米でアスファルトをえぐった形となっており、深さは〇・一米で、事故の翌日も、水が約八糎たまっていた。

ことが認められ(る。)《証拠判断省略》

右事実によれば、七月一日のパトロール時、本件道路の穴ぼこは砂などが堆積していたため、発見できなかったけれども、同日午後六時三〇分よりの夕立によって、砂などが流出し、穴ぼこのくぼみがあらわれ、穴ぼこに雨水がたまった状態になったものと推定され、本件事故当時もこの状態のままであったものということができる。

三  いわゆる道路管理に瑕疵があるというのは、道路が通常備えている安全性を欠如している場合である。そして、本件の穴ぼこのような場合に、一律にその深さによって瑕疵があるかどうかをきめるべきものではなく、その道路の地理的条件、構造および道路の利用状況などを考慮して総合的、相対的に判断すべきものである。京都市内の繁華街で、いわゆるコンクリートによる本舗装の道路で、しかも車輛の交通量の多い地点で、道路中央に右認定のようなくぼみ水たまりが存した場合には、道路管理に瑕疵があるものとされ、その瑕疵に基づく損害の発生につき道路管理者が賠償責任を負うべきことがあるのは当然である。

これを本件についてみると、本件道路は京都市内に存するとはいうものの、繁華街より約一三粁はなれた山間部にあたり、交通量も少く、かつ、人家もないところであって、所謂本舗装ではなく、アスファルトの簡易舗装であり、道路の両側は非舗装部分すなわち土の部分となっており、この土の部分からアスファルトにくいこむ形で穴ぼこが生じていたものである。そうすると、このような本件道路の地理的条件、構造、利用状況および穴ぼこの位置形状を考慮すると、本件事故の発生が右穴ぼこにも一因があるとしても、右穴ぼこの存在をもって道路管理に瑕疵があるものということはできない。

すなわち、通常道路の端を、車輛もしくは自転車が走行するものと期待されていないし、右穴ぼこのような欠損は、山間地帯の道路の端にある程度予測されるところであり、また、交通量の多少にかかわらず、すべての道路が完全無欠であることは望ましいものであるけれども、国家賠償法二条にいう管理に瑕疵があるものというには、右のように、個別的に道路の各条件を勘案してきめなければならないものである。

四  以上の次第で、本件道路の管理に瑕疵がないものというべきであるから、瑕疵があることを前提とする、原告の京都市に対する本訴請求は理由がないので、棄却を免れない。

被告青年会に対する請求

一  原告主張の請求原因一のうち、水たまりおよび穴ぼこの大きさを除いてその余の事実、同二(二)1の事実、本件サイクリンググループが現場付近の道路にさしかかった際、最先頭を走っていた訴外綾部は前方より京都バスが走ってくるのを認め、かつ、それと同時に道路前方左側に右水たまりがあることを認識していたことは当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、

1  亡申志は、昭和四〇年二月一三日生れで本件事故当時一二才の男子中学生、昭和五〇年一二月から被告青年会の小学生サイクリングクラブに加入し、本件事故までに二一回のサイクリングに参加して総走行四八三粁に達していた。

2  本件サイクリングリーダーの綾部任は、これまで本件道路でのサイクリングに四、五回参加したことがあり、本件事故前の昭和五二年六月二五日、二六日の両日にも走行しており、本件コースは平易なものとされている。綾部は、事故当日午前九時に、中学生一〇名などとともに烏丸今出川下るの青少年センターを出発し、大岩で休憩したうえ、九時五五分ころ発車し、ゆるやかな勾配を時速約一〇粁の速度をもって進行し、約二粁先の本件事故現場付近にさしかかった。

3  事故現場の手前は大きなカーブがあり、これを曲り終ったとき先頭の綾部は前方一五〇米の地点をゆっくりと接近してくる京都バスを発見した。綾部は、山側から水が流れて道路を横断し、川側に水たまりがあるのを認識していたが(この点は争いがない)、水たまりの深さ形状、アスファルトが欠損して丸くなっていることまでは分らず、そのなかに穴ぼこがあるものとも考えなかったので、道路のセンター寄りを通過し、後方のサイクリングメンバー全員に対して、「前にバス」と大声で注意し、かつ、前方約四〇米に近接した京都バスに対しても山側に寄って停車してもらうべく、右手を挙げて上下数回動かして合図をした。

4  京都バスの運転手中島一は、道路上の流水があることを認識していたけれども、道路わきの水たまりには気づかず、サイクリング隊がいたので、バスのスピードを時速約一〇粁におとして、バスを山側に寄せ、これでサイクリング隊が通過できるものと判断した。京都バスの幅は二・三米で、穴ぼこと車体の間の距離は〇・八米であり、自転車の幅は〇・四六米であった。綾部は道が狭いので京都バスにおいて停車してくれるものと思い、すれちがいざま、バスの運転手に会釈をしたが、京都バスは停車せず、そのまま進行したため、前から四、五番目の被害者が転倒し、本件事故が発生したものである。

ことが認められ(る。)《証拠判断省略》

三  原告は、綾部リーダーがサイクリングと京都バスの離合の際、サイクリングの方を停車させるべきであったのに、これを怠ったものであると主張するけれども、亡申志においても自らの判断で対向車の危険の有無を判断して自転車を停止させて離合するのが相当であり、サイクリングリーダーが自転車を停止させなかったことに過失があるものとして損害賠償責任を追求するのは相当ではない。

すなわち、本件においては、事故現場の道路幅が約四・三米、自転車の幅が〇・四六米、水たまりと京都バス車体の距離は〇・八米であったのであるから、必ずしも自転車が通行不可能ではなく、亡申志は事故当時一二才の男子中学生で、しかも被告青年会の小学生サイクリングに参加し、すでにサイクリング二一回総距離四八三粁の経験をつんでおり、亡申志にとっては通行可能であると解されるし、したがって、亡申志みづから事故現場での状況を判断して自転車を停止させることなく、進行をつづけて離合しようとしたものである。

サイクリングリーダーたる者は、たんに目的地までの完走にだけ重点をおいて指導をしてよいものではなく、自転車走行者の安全確保にも重点をおくべきことは当然のことではあるけれども、一面、サイクリングのメンバーが中学生である場合には、サイクリングをすることによって、集団行動になじみ、運動機能の発達を促すとともに、郊外の走行にあたり他の交通機関との接触をさけるなどの危険防止の判断も助長するように努めるべきものである。

以上の事実関係ならびに判断によれば、サイクリングの綾部リーダーがサイクリングを停止させなかったことに過失があるものということはできない。

五  したがって、綾部リーダーに過失があることを前提とする、原告の被告青年会に対する請求は理由がないので、棄却を免れない。

よって、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 小北陽三)

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